本報告書は、本人のクレモナ国際バイオリン製作学校卒業論文を修正要約したものです。この論文では、学術的な内容と難解な部分、 Tap-tone との比較分析及び解析プログラムの開発に関する内容/ソースはできるだけ省略し音響学の初心者が理解しやすいように再構成
しました。論文原文のタイトルは、「Nuovo Metodo di Analisi per Capire le Caratteristiche del Violino(バイオリンの特性を理解 するための新たな分析方法)」です。
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バイオリンの音響特性を正確に知ることは望む音のバイオリンを製作する際に必要な条件である。バイオリ ンの音響特性を把握する方法は色々あるが、弦とアクセサリーを除いたバイオリンボディのみの特性を分 かる方法は、現在では Tap-tone 分析しかない。しかし、Tap-tone 分析法は、実際に弦が付いている場合 どのような音を出すかわからないという限界を持っている。
本研究では、弦を付けたバイオリンの音響特性から弦独自の音響特性を差し引いてバイオリンボディのみの特性を 計算する方法を提供し、その方法を説明する。弦が作り出した振動は、バイオリン本体を経て増幅される。いくつ かの周波数帯域は増幅され、いくつかの帯域は減衰されるだろう。これは各バイオリンごとに異なるものであり、 それはまさにそのバイオリンが持っている固有の特性である。ここで特徴というのは FFT 分析による周波数特性 (Spectrum) をいい、録音の際にその両方の基本周波数に少しの違いでもあれば差し引結果は完全に予想外の結果を もたらすので、本研究では Spectrum 同士に差し引かせず Spectral envelope 同士に差し引きする方法を試みる。
計算には、LPC spectral envelope を使用し (以下、LPC S.E.)、4 つの開放弦を対象にして完成したバイオリンの LPC S.E. から弦独自の LPC S.E. を差し引いて実験対象のバイオリンボディのみの特性を確認する。その結果を本 誌では、「HIS 特性」または「HIS グラフ」と定義しており、また、「HIS 特性」で見られる 5 つの要素を定義する。 これらの Spectral envelope 差引法は二つの音を比較しようとするすべての場合に使用することができるだろう。
1. 概念と理論
1.1. 用語の定義
⃝ バイオリン音
本論文にて「バイオリン音」とは、弦を装着してチューニングまで終えた状態のバイオリンを弓で演奏するときの音を意味する。
⃝ 弦音
本論文にて「弦音」とは、Figure 4 のような構造物に弦を装着した状態で弦を弾いたときの音を意味する。したがって、この場合にはバイオリン音とは全く関係のない純粋な弦独自の音であり、これは弦が空気を直接振動させて発生する音を意味する。
⃝ HIS 特性
異なる二つの Spectral envelope 同士の減算演算を通じて得られた結果は、「Spectral envelope 差引特性」または「Spectral envelope 差引グラフ」と呼ぶことができるだろう。したがって、バイオリン音の Spectral envelope から弦音の Spectral envelope を差し引いて得られた結果は、「バイオリンボディの Spectral envelope 差引特性」と言うことができる。これを本論文では、簡単に「HIS 特性」または「HIS 曲線」と命名する。言い換えれば、「HIS 特
性」とは、バイオリン音の Spectral envelope から弦音の Spectral envelope を差し引いて得られた結果であり、バイオリンボディのみ特性を意味する。ただしこの場合は、Spectral envelope を計算する際にどのような技術 (LPC or Cepstrum ... など) を利用したのか、また使用された次数*も明記されるべきである。そしてバイオリン音と弦音両方とも同じ条件で分析しなければならない。
( * 次の章で説明 )
これらの Spectral envelope 差引法はブリッジの厚さを変えながら測定するなどの楽器の他のパートの特性を知りたい場合にも使用できるので、より広い場面で使用できるだろう。したがって、その場合にはどのパーツの分析であることを明記しなければならない。しかし、バイオリンに関して、一般的に「HIS 特性」と言うと、上記のようにバイオリン音の Spectral envelope から弦音の Spectral envelope を差し引いたバイオリンボディのみの特性を指すものと定義する。
1.2. LPC Spectral Envelope
Spectral Envelope を得る方法はいろいろあるが、代表的に LPC と Cepstrum 方法がある。Cepstrum は初心者には大変難しいため説明を省略して、今回の研究で使用した LPC Spectral Envelope についてのみ説明する。
まず、LPC(Linear predictive coding) とは線形予測係数という意味であり、人間の声が発生される過程、すなわち、その共振特性を音響学的にモデル化する方法である。Figure 1 は、人間の声が発生される過程をどのように音響学的にモデル化するか、その過程を説明しており、以下はそのステップの説明である。
1. 首の声帯 (Vocal cords) のブレで空気の振動が生成される。この空気の振動が声の基本音であり、この振動の大きさと周波数によって声の大きさと高さが決定される。生成された基本的な音は、咽頭 (Pharynx) と口腔(Oral cavity) と鼻腔 (Nasal cavity) を経て、それらが持っているそれぞれの共鳴特性によって音色が変わり口から最終的な声が放出される。人ごとに声帯の振動特性が異なるため、一人一人の声の大きさと高低が異なる。つまり、咽頭と口腔、鼻腔の形状の違いにより共鳴特性がも異なるので人ごとに声の音色が異なるものである。また、言ったときに、口腔と鼻腔の形状を即時変えることで(舌と口の開け方の調節など)リアルタイムで音色が変わる、すなわち「言葉」になるのである。
2. 過程1を簡単に図式化した。
3. 過程 2 の声帯は音源信号に対応しており、咽頭と口腔と鼻腔は音響管と考えることができる。この音響管は、上記の咽頭と口腔と鼻腔の共鳴特性をそのまま再現した管である。音源信号が音響管に入り、その音響管によってその特性が変わって、最終的なサウンドが放出されるものである。
4. 過程 3 の音源信号が持つ周波数特性が何らかのフィルタ、すなわち音響管の周波数特性 (Spectral envelope)によってフィルタリングされて出力される。
5. 過程 4 の音源信号の特性を E(z) とし、フィルタの特性は、H(z)、出力信号の特性は、X(z) とするとき、デジタル信号処理技術では、E(z) と H(z) を乗算することによって X(z) を求めることができる。
Figure 1 : 音声生成過程と音響モデル
したがって、LPC はフィルタの特性である H(z) を求めるものだと言うことができる。数学的導出結果のみ説明すると、
になる。この H(z) が、上記音響管の特性を意味する伝達関数 (フィルタの特性) である。また、a_p は α_i に対応するものであり、線形予測係数と呼ぶ。以上、上記の式 (1) をまとめると、
のように書き直ることができる。a_1、a_2、· · · 、a_p の値を求めることによって、バイオリン本体の特性 (フィルタ特性)つまり、伝達関数 H(z) を知ることになる。それはバイオリン本体の Spectral envelope を意味するものである。このような一連の過程を線形予測分析と呼び、a_p をいくつにするか、すなわち p の値 (次数) をいくらにするかによって Spectral envelope の解像度が変わることになる。
Figure 2 は実験用バイオリン(’Hwang Ilseok、2011’)の ‘Mi’ 開放弦の音を LPC 分析したもので、a_p の次数に応じて Spectral envelope がどのように変化するかを示す。つまり、次数が 16 ということは、a_1、a_2、· · · 、a_16 で 16 個の a が分析に使用されたという意味である。p の値が大きいというのは、より過去の信号まで遡って計算するという意味である。
Figure 2: LPC Spectral Envelope
1.3. Spectral Envelope 差引法
レコーディングなどで録音された楽器の音に周辺のノイズが一緒に録音された場合、そのノイズを除去するためにSpectum 同士に差し引く場合がある。これは Spectral subtraction と呼ばれ、ノイズ除去のほか、いくつかの信号処理の分野で使用されている。しかし、Spectral Envelope 同士の差し引きはその例をまだ見つけることができなかった。
ここでは Spectral Envelope 同士の差し引き方法を調べてみる。この演算は非常に単純な演算であり、同じ次数のデータ同士に差引すればよい。したがって演算を行う両方の信号はそのデータ数が同じでなければならない。
k 個のデータを持つ二つの Spectral envelope H(k) と E(k) があるとき、
で表現され、この二つの Spectral envelope 差引は
のように定義できる。したがって差し引き結果 X(k) は、次のようになる。
Figure 3 は Envelope A から Envelope B を差し引いた結果を示している。上記の式が示すように、演算は同じ次数のデータ同士で差引く。つまり、A の 1 [kHz] のデータ値である 12.0 から B の 1 [kHz] のデータ値である 8.8 を差し引くものである。
Figure 3 : 二つの Envelope とその差引結果
2. レコーディングとプログラミング
2.1. 録音環境
反射音の影響を排除するために無響室での録音が原則だが、現実的な問題で一般的な室内で行うしかなかった。したがって、室内の共鳴音が含まれている可能性があるのでこの事情は考慮しなければならないだろう。
演奏は、現実的な理由で直接手で演奏した。誤差は ±1.5[Hz] 以下になるよう正確にチューニングして何度も録音し、音の大きさが平坦で、時間波形が滑らかで、ノイズが少ないファイルを選択した。
⃝ バイオリン音測定用バイオリン
録音に使用された楽器は本人が過去に製作した楽器であり、弦は Evah Pirazzi が使用された。弦はなるべく新しい製品を使用するのがよいが、弦自体音の研究ではないのでどんな弦でもかまわない。ただし、すべての実験で同じ弦を使用するという原則だけ守ればいい。
⃝ 弦音測定用構造物
弦自体の音を測定するときは、別途の測定用構造物を製作した ( - Figure 4 - )。主な形状及びサイズは、実際のバイオリンをそのまま再現して製作した。弦の振動を妨げたり、振動が吸収される現象を最小化するために重くかたい木を使用した。弦とテールピースは、実験用の楽器に使用されたものをそのまま使用している。それはできる限り同じ環境で実験を進めるためである。
Figure 4 : 弦を装着した測定用構造物
Figure 5 : 弦音測定用構造物のサイズ
加えて、バイオリン音の特性から弦音の特性を差し引いて得られるバイオリン本体の特性には、そのバイオリンに使用されたブリッジの特性も含まれている。バイオリン音の特性から弦音の特性を差し引いたときに、その弦音の特性にはブリッジの特性は含まれていないので、ブリッジの特性は差し引かれずそのまま残っているためである。
⃝ レコーディングと分析機器
Table 1 は、レコーディングと分析に使用された機器と環境のリストである。
解析プログラムの言語では、Python を使用しており、そのほかに Numpy、Scipy、Matplotlib と Seaborn などPython 関連拡張パッケージが使用されており、編集やホワイトノイズの製作には、Sound Forgy を使用した。
Table 1 : レコーディングと分析機器
2.2. レコーディング
⃝ バイオリン音の録音
マイクは、バイオリンのブリッジ底の中心を向くようにして、バイオリン正面から見たときに右上 45 ◦、底面から見たときに右上 45 ◦ の角度で設置した。ブリッジの底の中心との直線距離は 30cm である。レコーダーの設定は 44.1 [kHz]、16 [bit]、Mono であり、バイオリンにおいて約 150 [Hz] 以下の帯域は意味がないので、LCF は 150 [Hz] で cut-off した。
Figure 6 : バイオリン音録音時のマイクの位置
⃝ 弦音の録音
マイクは、構造物のブリッジ底の中心を向くようにして、構造物正面から見たときに右上 45 ◦、底面から見たときに右上 45 ◦ の角度で設置した。ブリッジの底の中心との直線距離は 30cm である。レコーダーの設定は、楽器のものと同一である。
Figure 7 : 弦音録音時のマイクの位置
2.3. Python プログラミング
本研究は、Python で LPC Spectral envelope を求めるプログラムを製作して、差し引く演算を行い、HIS 特性を求めることが目標であるが、プログラムのソースを作る内容はかなり長く、プログラミングを知らない人には難解であるため、本レポートでは、その内容をスキップして製作完了後の結果グラフの説明とプログラムのオプション値の説明だけを技術する。また、完成したプログラムは、本人のホームページからダウンロードできる。
2.3.1. LPC Spectral envelope
サウンド編集ツールを使用して、2 つのノイズ (Noise A、B) を生成する。まず Noise A (弦音に該当) を生成した後、生成された Noise A の 5 [kHz] の帯域を 15 [dB] / 0.5[oct]、15 [kHz] の帯域を 10 [dB] / 0.3 [oct] 増幅させて Noise B(バイオリン音に相当) として保存する ( - Figure 8 - )。Figure 9 は、上記の方法で製作された Noise A と Noise B の周波数特性を Sound Forgy で確認した結果である。図の上部の時間波形を見ると、Noise B が全体的に振幅が大きくなり、下部の周波数特性のグラフでは、5 [kHz] の帯域と 15 [kHz] の帯域を中心に振幅が大きくなったことがわかる。
Figure 8 : EQ 設定
Figure 9 : Noise A と Noise B の特性
製作したプログラムで Noise A、B のパワースペクトルを計算する。Figure 10 は、制作したプログラムで分析したNoise A、B のパワースペクトルである。Figure 9 と比較すると、Sound Forgy で分析した結果と制作したプログラムで分析した結果がほぼ同じであることがわかり、よって製作プログラムが正常動作していることを確認できる。
Figure 10 : Noise A、B のパワースペクトル
次に、LPC 次数を指定して、上で求めたパワースペクトルの LPC Spectral envelope を求める。Figure 11 は、NoiseA、B のパワースペクトルの上に LPC spectral envelope を表示したものである。Figure 10 でパワースペクトルだけを確認したときはグラフが複雑であるため全体の姿を確認し難しかったが、今は直感的にパワースペクトルの特徴を把握することができるようになった。
Figure 11 : Noise A、B の代数パワースペクトルと LPC spectral envelope(log)
2.3.2. LPC Spectral envelope の差引演算
続いて LPC spectral envelope 差し引き演算を実施する。計算された LPC データは array 型であるため、サイズのみ同じであれば減算だけでいい。Noise B は、Noise A をいくつかの周波数帯域で増幅させたものなのでバイオリンで言えば Noise A は弦音に該当され、Noise B はバイオリン音に該当される。バイオリン音の特性で弦音の特性を差し引いてバイオリン本体のみの特性を得ることが目的であるため、この場合には、Noise B の特性から Noise A の特性を差し引けばいい。Figure 12 は LPC spectral envelope とその差引の結果を表示したものである。結果を見ると、Noise B の増幅状況を一目で把握することができる。
Figure 12 : LPC spectral envelope と差し引き結果
以上、Python を利用して LPC Spectral envelope を求める方法と差し引き方法を調べてみた。二つのノイズサンプルを利用して実際にどのような結果が出るのか調べた。ノイズサンプルを使用した現段階での結果はかなり満足できる。したがって、実際の楽器の LPC spectral envelope とその差引計算にも十分適用可能であろうと判断されるが、分析時のオプションの変化によってその結果も変わるので、以降はオプションについて調べ、次に、実際のバイオリンと弦を分析してみる。
2.3.3. 分析結果に影響を及ぼす引数の決定
今までの LPC Spectral envelope を求めて差し引き演算で使用した LPC 次数は、‘16’ であり、FFT size は ‘4096’、サンプルファイルから抽出した分析サンプルは、‘0.1 秒’であった。この三つの引数は結果に影響を及ぼすので、分析の際には最適な値を選択する必要がある。ここでは、この三つの引数によって結果がどのように変わるか、したがってその値をいくらにすることが適切なのかについて調べてみる。
⃝ LPC 次数
LPC 次数とは ap をいくらにするのか、つまり p の値を意味する。LPC 次数と結果の関係はすでに Figure 2 で一度みたことがある。しかし、差し引き結果がどうなるかについては確認したことがない。したがって、今回は差引結果まで一緒に確認して見る。ただし、前の内容でわかるように次数 p が約 ‘32’ 以上になると evnelope が鋭くなってenvelope よりは spectrum そのものに近くなる。よって低い次数が適すると考えられる。したがって、今回は次数 pを ‘16’ を中心に変化させながらその結果を観察する。ここでは、660 [Hz] の実際のバイオリン音と弦音を対象で分析する。
Figure 13 は次数 p を 12、16、20 に変化させながら確認した結果である。p=20 になる、envelope が大変鋭くなることが分かる。p=12 の場合には、少し解像度の不足が感じられる。以上の結果で、p=16 が最も適切であると判断されるため、以降は p=16 で進む。
Figure 13 : 次数 p による結果の変化
⃝ FFT size
次に、結果に影響を与えると予想される FFT size について確認する。FFT size が大きいとは周波数分解能 (周波数分解能=サンプリング周波数/FFT size) が高いことを意味するので、おそらくこの値が大きいほどいいだろう。
Figure 14 は FFT size を 2048、4096、8192 に変化させながら確認した結果である (LPC 次数 p はすべて ‘16’)。グラフを見ると、予想とは異なり、LPC spectral envelope とその差引結果は全く変化がない。ただし Spectrum のみ違いが見られる。 Spectrum は、2014 と 4096 で明確な差がみられ、4096 と 8192 は、少しの変化しかない。このFFT size は、大きければ大きいほど、コンピュータの負荷が大きくなるので速度の低下を呼ぶことになる。したがって質的な差がない場合は、最小限に設定するのがよいだろう。しかし FFT size によって Spectrum の解像度が決定されるので、*最大限に設定するのがよい。しかし、Spectrum の解像度は、本分析では大きな役割は持ってないという点も考慮しなければならない。以上を総合してみると、LPC spectral envelope と差し引き結果に差がなく、しかし、Spectrum も分析に問題がない程度で妥協することが適切であると考えられる。したがって以降の分析では、FFT size = 4096 にする。
( * FFT size が低いと周波数分解能が低下して、結果的に解像度が落ちる。しかし、グラフの補間によって、実質的には周波数分解能が低くても十分な解像度を期待できる。 )
Figure 14 : FFT size(FS)による結果の変化
⃝ Data size
最後に、分析に使用する Data の数について調べてみる。プログラムはファイルの中央部を取り出して分析を行なうがどのぐらいの長さで取り出すかという問題である。この時間が長くなると、すなわち、より多くの区間を取り出して分析することは、より広い区間について分析するものであり、逆にこの時間が短くなるほど、より局地的な区間にのみ分析するという意味である。サウンドファイルの分析位置によって spectrum が変わるのは、そのファイルに録音された音が一定でないからであるが、例えば、バイオリンの開放弦の音を録音した場合、演奏強度に応じて音の高低が微細に変わることができ、また、楽器の振動パターンにも少し変化が生じるからである。したがって、この Data数が多くなるほど、全体的な様子をみられるのでいいが、その場合はまた演算負荷が大きくなる。実験は、0.02 秒と0.10 秒、0.30 秒を比較し、LPC 次数 p = 16、FFT size = 4096 に固定して確認して見る。
Figure 15 は Data size を 0.02 秒、0.1 秒、0.3 秒で変化させながら確認した結果である。グラフを見ると、Data sizeが増加するほど LPC spectral envelope の全体的な位置が上がることがわかる。 envelope は、その定義に基づいて、その全体的な高さは重要な問題ではない。次に、Spectrum にも変化がある。これは前述のように、サンプルサウンドが完全なる一定の音でないため当たり前である。音の変化がない音を対象とした今回の研究においては、0.3 秒という時間は、実質的に非常に長い時間であり、Spectrum を見ると 0.1 秒の場合は最も振動が活発に分析されていることが分かる。差し引きの結果は何の変化もない。別途のテストによると、0.04 ∼ 0.1 秒の場合、最も適していることが分かったため今回は 0.1 秒で行うことにした。
Figure 15 : Data size(DS)による結果の変化
以上 LPC 次数と FFT size、Data size の三つについて適切な値を調べた。以降のすべての分析で LPC 次数 p=16、FFT size=4096、Data size=0.1 [sec] で行い、このオプション値は、二つの音を比較するすべての研究において一般的に通用するものと予想される。
3. LPC Spectral Envelope と HIS 特性
この章では、前章で作成した Python プログラムを利用して、バイオリン音と弦音の LPC Spectral envelope を求め、またその差し引き演算を通じて HIS 特性を確認する。HIS 特性分析によって新たに発見した事項についてもまとめる。グラフの視認性確保のため、弦音は青線で、バイオリン音は紫色線で、これら両方の差引結果である HIS 特性は赤い色を使用した。
3.1. バイオリンの HIS 特性
Figure 16 ∼ 19 は、4 つの弦のバイオリン音と弦音のパワースペクトル、LPC Spectral envelope と HIS 特性を示す。分析オプションは、LPC 次数 p=16、FFT size=4096、Data size=0.1 秒、Hanning window、50% 重複にした。
Figure 16 : 4 番弦開放 ‘Sol’, 195.6[Hz], G2’
Figure 16 は 4 番弦開放 ‘Sol’ の結果を示す。この弦の HIS 特性を見ると、一言で要約することは難しいが、約14 [kHz] を境界にして低周波になるほど増幅さが際立って高周波ではほとんど増幅が起こらない。約 2.7、9 [kHz] 帯で減衰が目立つ。特に 9 [kHz] 帯域ではバイオリン音が弦音よりも小さく、これらの現象は、14、19 [kHz] 帯でも起きている。
Figure 17 : 3 番弦開放 ‘Re’, 293.3[Hz], D3’
Figure 17 は 3 番弦開放 ‘Re’ の結果を示す。この弦の HIS 特性は、中間帯域ではあまり増幅がなく、両端は増幅がある。2、6[kHz] の減衰が非常に大きい。そして 6、15, 18 [kHz] 帯は前の 4 番弦開放 ‘Sol’ の場合のようにバイオリン音が弦音よりも小さい。つまり「逆転現象」が起きている。
Figure 18 : 2 番弦開放 ‘La’, 440.0[Hz], A4’
Figure 18 は 2 番弦開放 ‘La’ の結果を示す。この場合には、滑らかな特性を示しているが、低周波帯域を除いては、大きな変化はない。ただし、これも 3 カ所で「逆転現象」が現れている。
Figure 19 : 1 番弦開放 ‘Mi’, 660.0[Hz], E4’
Figure 19 は 1 番弦開放 ‘Mi’ の結果を示す。この弦の HIS 特性は、全体的に広く増幅されており、「逆転現象」はほとんど起こらない。しかし、約 4 [kHz] 帯で増幅が起こらず、20 [kHz] 以上の帯域で増幅が大きい。
以上の 4 つの開放弦に対して、バイオリン音と弦音の特性および HIS 特性について調べた。HIS 特性は共通して非常に特異なものが発見される。それは弦音よりもバイオリン音が小さい「逆転現象」が存在するということである。または全く増幅されない場所も存在するということである。次の章では、これら特異現象についてまとめてみる。
3.2. 特異点と特異区間
前述したように、バイオリンの HIS 特性では特異点が発見される。それらは、以下の 5 つのタイプに分類できる。
増幅される区間
増幅も減衰も起こらない区間
減衰される区間
局地的に増幅されるポイント
局地的に減衰されるポイント
上記のような特異点と特異区間はなぜ存在するのか。それはおそらく、バイオリンの多くの振動が互いに影響を与えながら生じる干渉効果であるだろう。では、それは絶対的なものか、または相対的なものか。たとえば、3 番弦開放‘Re’で 2[kHz] で激しい減衰が起きる場合、3 番弦開放 ‘ Re’で基本周波数または倍音が 2[kHz] の音を演奏したらどうなるかということである。もし絶対的なら、それも同様に減衰が起きて音が小さく聞こえるだろう。しかし、もし相対的なものであればこの減衰点は、他の場所に移動して音の大きさには変化がないだろう。現在の予想では、当然のことながら、相対的なことにより、この減衰点は移動する。次に、その移動には何かルールがないか。その答えを知ることはバイオリンの特性を理解する上で非常に重要である。しかし、残念ながら、それは今の研究だけでは変わらない。今後の研究で認識するしかない。
HIS 特性で見られる上記 5 つのタイプも初めて出てくる概念であるため、Table 2 のように定義する。
Table 2 : 5 つの HIS 特性タイプ
これら 5 つのタイプの名称は、その単語自体の意味だけで内容を最も簡単に把握できる用語で決定した。上記の 5 つのタイプにおいて注意点は、Live zone 内に Dead spot* が存在できるというものである。逆に Dead zone 内にもLive spot が存在することができるだろう。前者の場合、全体的に増幅される区間の中である点だけが局地的に減衰される場合、それは Live zone 内にあるにもかかわらず Dead spot に見るべきだろう。後者はその逆の場合である。したがって Live/Suspended/Dead zone の判別は、その区間の値 [dB] の記号 +、0、− に基づいており、Live/Deadspot の判別は、その地点の値 [dB] ではなく、周囲との比較、すなわち線の形が上に尖っているか下に尖っているかに基づいている。
( * 「Dead spot」という用語は、音響学に時々登場する。一例として、水中バレエは、プール内部 (水) に設置された水中スピーカーで選手たちが音楽を聴きながら動作を合わせるが、ある地点に行くと突然音楽が聞こえないことがあると筆者の学校へ依頼あったとこがある。これらの点を音響学では、「Dead spot」と呼ぶ。 )
これら 5 つのタイプの中で個人的に注目したいものは Dead zone と Dead spot である。 Dead zone は、上記定義のように、その値が「 - 」である区間である。したがって、この区間ではバイオリン音の Spectral envelope が弦音の Spectral envelope より下にあるという意味である。つまり「逆転」が起こる区間である。しかし、Dead spot は逆転が起こることも、そうでない場合もある。Dead spot が 0[dB] より上に位置している場合は逆転が起こらなかったことを意味し、下部にある場合は逆転が起こったという意味である。しかし、ここで非常に重要な条件がある。それはバイオリン音と弦音の録音時、すべて同じ条件で録音された場合に限るということである。つまり同じ弦を使って同じ圧力と速度で演奏しなければならないものである。もしそうでなければ Live zone が Dead zone になったり、その逆の場合も発生する。例えば、バイオリン音は小さく録音して弦音の音は大きく録音する場合 HIS 曲線は、今よりも下方に下がるからである。したがって、同じ録音環境を守ることが重要である。しかし、演奏時の音の大きさがSpectral envelope の形状自体を変えることはないため、上記の場合のようにバイオリン音と弦音の録音時の演奏条件が変わっても Live spot と Dead spot は変わらないだろう。つまり、録音時の演奏条件は、zone には影響を及ぼすが、spot には影響を与えない。
Figure 20 は、前の 3 番弦開放 ‘Re’の HIS 特性例であるが、実際に分析を実施する際に Live spot と Dead spot の判断基準が問題となる。例えば、Figure 20 の場合、‘18 [kHz] 帯を Dead spot で見るかどうか’などの問題である。したがって「x [oct] あたり y [dB] 以上減衰した地点を Dead spot という。」などの基準が必要だが、それは*Q 値を利用すれば解決できるだろう。つまり、「Q 値が x 以上の場合 Live/Dead spot に判断する。」というような基準を立てればいいだろう。
( * Q Factor、Quality Factor:グラフのとがった程度を示す値で、共振周波数 (Peak の周波数) を 3[dB] の帯域幅で割った値。Q 値が大きいほど尖っている。 )
Figure 20 : HIS 特性分析の 5 つのタイプの例示
HIS 特性からこれら 5 つの特徴を見つかったことは本研究の大きい結果である。この 5 つの特徴は、今後の研究において非常に重要な事項であるため、今後も注意深く考えなければならない。
4. 結論と考察
LPC spectral envelope 同士に差し引く方法で二つの音を比較するプログラムを製作しで完成されたバイオリンの音と弦自体の音がどのように違うのか調べた。音が増幅になる区間と減衰が起こる区間が存在し、ほとんど変化がない区間も見られた。また、局地的に音が大きく増幅されている点と減衰されるポイントがあることもわかった。この現象、またはこの特性は、バイオリン本体が持つ固有の特性と言うことができるだろう。
現在バイオリンボディのみの増幅特性を示す指標がない状況では、バイオリン音の Spectral envelope で弦音のSpectral envelope を差し引いてバイオリンボディの特性を計算した「HIS 特性」は、非常に意味のある分析方法であると考えられる。Spectral envelope 同士の差引することはまだその例を見つけられなかったので、本研究で、ごく簡単な数学に過ぎないが、その概念を定義した。Spectral envelope 差し引き方法は、バイオリンボディの特性だけでなく、その応用で拡張性 (例えば、バイオリンブリッジの厚さを調整した場合に調整前と調整後の特性変化を簡単な線で分かりやすく示すことができる) が無限なのですべての楽器の研究において今後多くの役割を果たすことができると考えられる。
実際にバイオリンの HIS 特性を見ることで、今まで予想できなかった「Live/Suspended/Dead zone、Live/Deadspot」の 5 つのタイプを発見してまとめられたのは大きな収穫である。音の変化に伴う上記 5 つの特徴の変化を観察するとそのルールとさらにバイオリンのルールも間もなく知ることができないかという希望を持つようになった。
ただし、初研究という点で、ほかの Spectral envelope を比較してみなかったという点と、今回の研究で使用したLPC spectral envelope には、人間の聴覚特性が反映されていないため、低周波帯域では人間が感じる感覚とは少し異なり、低周波帯域の解像度が良くないという問題点が残る。しかし、この問題は、人間の聴覚特性を考慮したMel-Generalized Cepstrum analysis 方法を使用することで解決できる。
最後に、バイオリン音と弦音を記録するときに、同じ圧力と速度で演奏して録音することは非常に重要である。なぜなら、その違いにより、Dead zone が Live zone になることがあり、その逆の場合も発生するからである。したがって、正確な実験を行うことでできる環境構築が大事である。
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