ルッキメーター(Lucchi mete)なしで、イヤホンとパソコンのみで楽器材料の音速を測定する方法に関する説明です。
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ヴァイオリン材料の特性の一つである「音の伝達速度(「振動の伝達速度」が正しいが、便宜上、音の伝達速度または音の速度で表現することにする)」を測定する場合、一般的にルッキメーター (Lucchi meter) という測定器を使用するが、ここではルッキメーターなしで音の伝達速度を測定する方法につい て調べる。
ある媒体 (木など) における音の伝達速度は、「音が単位時間あたり伝達された距離」と定義できる。つまり、速度は、 A 点から B 点までの距離を、A から B まで音が伝わるのにかかった時間で割ることで求められる。
ルッキメーターは、2 つの装置を木材の両端に当てて一方ではパルス波を発生させ、もう一方ではそのパルス波を受 信する。そして、そのパルス波の発生から受信までの時間を測定することによって速度を計算する。簡単に言えば、 振動を発生させ、それを受け取って時間差を測定するものである。これらの原理を理解すれば、ルッキメーターがな くても音の伝達速度を測定できる。
スピーカーは電気信号を音に変え (振動発生)、逆にマイクは音を電気信号に変える (振動受信)。これらスピーカーと マイクの構造原理はまったく同じである。スピーカーとマイクは、空気に接する振動膜とそれが付いている振動子が あり、その周りに電磁石があって、その電磁石は電線につながっている構造になっている。電線 → 電磁石 → 振動子→ 振動膜の方向で動作するのがスピーカーで、その逆方向で動作するのがマイクである。使い方は異なるが原理は同じであるため、スピーカーをマイクとして使用することもでき、逆の場合も可能である。私たちが一般的に使っているイヤホンは非常に小さなスピーカーとも言える。しかし、これは上記の説明のようにマイクと原理が同じであるため、マイクとしても使用できる (もちろんマイクとしての性能は良くない)。イヤホンをレコーダーの入力端子につなぎ、口の近くで録音すると非常に小さいが、声がそのまま録音される。このレポートでは、これらの原理を利用して ルッキメーターなしでイヤホンとコンピュータを使って音の伝達速度を測定/計算する方法について説明する。
1. 準備物
コンピュータ : ラインイン (Line-in、ステレオ) 入力端子があるもの
サウンド編集プログラム:Sound Forgy(有料)、Audacity(無料) など
ステレオイヤホン (耳に当たる部分のゴムカバーは取り外す)
レコーダー (コンピュータにラインイン入力端子がない場合):ラインイン (ステレオ) 入力端子があるもの
ほとんどのコンピュータには、背面にスピーカー出力端子とマイク入力端子とラインイン入力端子がある。通常、録音ではマイク入力端子にマイクを接続するが、すべてのマイク入力端子はモノラルチャンネルであるため今回は使用できない。しかし、ラインイン端子はマイク端子と同様に入力用端子でありながらステレオチャンネルであり、またイヤホンジャック規格 (3.5mm/3 極) と一致するため、今回の目的に最適化された入力システムである。ノートブックの場合には、ラインイン入力端子がない場合がある。そのような場合は、ラインイン (ステレオ) 入力端子を備えたUSB 外部サウンドカードを接続して使用すればよい。デスクトップ PC もノートパソコンも使用できない場合は、イヤホンジャック規格のラインイン (ステレオ) 入力端子を備えたレコーダーを使用する
2. 測定方法と順序
Figure 1 のように、ステレオイヤホンの端子をコンピュータまたはレコーダのラインイン入力端子に接続し、イヤホンの片側スピーカ (左、これを「受信チャンネル」としよう) を木材の片側先端に密着させる。そして木材の反対側の端をイヤホンの残りの片側スピーカー (右、これを「打撃チャンネル」としよう) で軽く打つ。これを録音すると、打撃チャンネルには強いパルス波が記録され、受信チャンネルには非常に小さいパルス波が記録される。サウンド編集プログラムを利用して、これら 2 つのパルス波の時間差を求めればよい。この時間差は、木材の一方の端から反対側の端まで振動が伝わるのにかかった時間である。したがって、2 点の距離をこの時間で割ることで速度を得ることができる。
2.1. 環境設定
測定 (録音) をする前にあらかじめ環境設定を行う。次の値は理論上では大きいほど良いが、性能の低いコンピュータ(レコーダ) ならあまり高くしない方が良い。
サンプリング周波数 : 44.1[kHz] 以上
ビットレート:16bit 以上
2.2. 誤差補正のための録音
イヤホンの左右チャンネルは、信号が同じ時刻に入力されれば、同じ時刻に波形が記録されなければならない。しかし、イヤホンの品質によっては非常に小さい時間差 (誤差) が発生する可能性もある。そのような誤差は、イヤホンの品質が原因かも知れないし、またはレコーダの問題かもしれない。どちらの問題であっても正確な測定のためにはそのような誤差をあらかじめ確認して計算の際補正しなければならない。したがって、本測定の前に誤差補正用録音を行う。(この段階では録音のみ行い、誤差の分析と誤差補正は次の段階で行う。)
1. ステレオイヤホンをレコーダ (またはコンピュータ) のラインイン入力端子に接続して録音を開始.(コンピュータで録音する場合は、サウンド編集プログラムを開いて録音するのが便利)
2. イヤホンの両側を互いに軽く 2、3 回ぶつける。このとき、クリッピング(Clipping:入力される音が大きすぎてレコーダーの入力許容値を超え、音が歪んで録音される現象)が起こらないように、入力音量と打撃強度を適切に調整する。 - Figure 2 -
2.3. 本録音
音の伝達速度は、「繊維質方向」と「繊維質垂直方向」の 2 方向に分けて測定する。同じ方向であっても測定位置によって値が変わるため、適切な位置を選択する必要がある。測定位置については、3 章を参照する。
精度を高めるために数回測定して平均値を使用する。打撃の際は、クリッピングが起こらない程度の強さで打撃し、録音ボリュームを適切に調節する。私の場合は各位置で 3 回以上録音し、分析の時は各位置ごとに波形が整っているものを 3 つずつ選別して平均を求める。
- Figure 3 -
1. イヤホンの一方 (左、受信チャンネル) を木材の一端 (断面) に密着させる
2. イヤホンのもう一方 (右、打撃チャンネル) で木材の反対側の端部 (断面) を繰り返して軽く打つ
3. イヤホンの位置を変え、同じ方法で繰り返す。
2.4. 分析
上記の手順で作成したサンプルファイルには、3 つの誤差補正用波形と 3 つの「繊維質垂直方向」波形、及び 3 つの「繊維質方向」波形が記録されている。まず、誤差補正用波形を分析して誤差を確認し、補正値を決定した後、それに基づいて「繊維質垂直方向」波形を分析して補正値を適用する
1. コンピュータでサウンド編集プログラムを開き、上で録音したファイルを開く。
- Figure 4 -
2. 上部の波形は右チャンネル (打撃チャンネル)、下部の波形は左チャンネル (受信チャンネル) である。A領域は誤差補正用波形であり、B領域は「繊維質垂直方向」波形、C領域は「繊維質方向」波形である。D 領域にはサンプリング周波数が表示されている。(右チャンネルと左チャンネルの位置 (上下)、サンプリング周波数が表示される位置などは、サウンド編集プログラムによって異なる。)
3. イヤホンの両チャンネルの誤差 (時間差) を確認するために、録音した E 領域をデータポイントが見えるまで最大限に拡大し、両チャンネルの最初波の頂点が時間的に同じ位置にあるか確認する。 - Figure 5,6 -
4. Figure 6 のように、2 つのチャンネルの最初波の頂点が時間的に同じ位置にあれば補正は必要ない (残り 2 つも分析して平均値で判断)。つまり、イヤホンの両チャンネルは、パルス波が入力されてから実際にファイルに書き込まれるまで同じ時間がかかることを意味する。ただし、 Figure 7 のように誤差がある場合は、データポイントが何コマ離れているか確認する。 Figure 7 では左チャンネルが右に 2 コマ移動されている。これは左チャンネルが 2 コマ遅く記録されたことを意味する。したがって、この場合は、次の分析/計算ステップでこれを補正しなければならない。ここで、サンプリング周波数は 44.1kHz なので、1 秒の区間内に 44100 個のデータが存在し、したがって、1 コマは 1/44100 秒を意味する。よって、Figure 7 の場合は 2 ∗ 1/44100 秒の誤差を持っているということになる。
5. 誤差確認を終えたら本格的な分析を行う。しかし、誤差確認用波形は左右チャンネルの波形の大きさがほぼ同じなのでデータの判別が容易だが、実際の木材の打撃波形は受信 (左) チャンネルの波形が小さすぎて確認が難しい。 Figure 4 を見ると、受信チャンネルでは誤差確認用波形以外はほとんど見えない。したがって、受信チャネルのみを選択して波形が目に見えるまで増幅しなければならない。例の場合は、約 30dB 増幅させたものである。
- Figure 8 -
6. 受信チャンネルを十分増幅した後、「繊維質垂直方向」の波形 (Figure 8 の F) のデータポイントが見えるまで画面を拡大し、打撃 (右) チャンネルの最初波頂点と受信チャネルの最初波頂点が時間的にどれだけ離れているかを確認する。 - Figure 9, 10 -
7. Figure 10 を見ると、受信チャンネルの最初波頂点が右に 「+5 コマ」ずれている。前の段階で誤差はないと確認されたので補正は必要なし。よって、音が伝わるのに「+5 コマ」の時間がかかったことが分かる。もしFigure 7 のように「+2 コマ」の誤差があるなら、 +5 − (+2) = +3 のように補正する。もし誤差が「−2 コマ」なら +5 − (−2) = +7 のように補正すればよい。このようにして、残りの波形も確認する。
2.5. 計算
「速度=距離/時間」であり、木材の長さは距離に対応することから、速度を計算するためには木材の長さを知る必要がある。今回使用された木材は、幅:236[mm]、長さ:465[mm] である。速度の単位は [m/s] なのでメートル単位に変えると、幅:0.236[m]、長さ:0.465[m] である。「繊維質垂直方向」計算には「幅」を使用し、「繊維質方向」計算には「長さ」を使えばよい。
時間は上で測定した値ですぐ分かる。サンプリング周波数は 44.1[kHz] なので、データ 1 コマの時間は 1/44100[sec]である。したがって、上記の所要時間 5 コマは、
なので「繊維質垂直方向」に伝達される所要時間は約 0.00011338[sec] であり、よって、「繊維質垂直方向」の音伝達速度は次の通りである。(有効数字に注意)
「繊維質方向」も、上記と同じ方法で計算すればよい。
3. 測定位置の選択
測定位置によって音の伝達速度が異なるため、どの位置で測定するか決定するのは非常に重要なことである。その決定のためには、測定の目的を正確に知る必要がある。測定の目的は、楽器制作に使用する材料の選別、または選別された材料からどの部位で楽器を作るかを決定などがある。また、楽器完成後の特性確認などもあるだろう。このように目的が異なると測定位置も変わらなければならない。材料を選別したり、楽器完成後の特性確認などの目的では主に材料全体の平均値が必要だろう。しかし、楽器中心部の特性がもっと重要であるため、平均値を求めるときは楽器中心部に重みを高めるなどの要領も必要とされる。選別された材料でどの部位を使用するかを決めるためには、材料各部位の値を細かく確認してどの部位が質が良いか、またどの部位が質が悪いかを判断するのが良い。
4. 注意事項と考察
このレポートは例題であるため、平均を求めるプロセスは省略されている。誤差確認の時にも必ず数回測定して平均値を使用しなければならない。
環境設定にて、ビットレートより大事なものはサンプリング周波数である。サンプリング周波数は計算結果の解像度を決定する。44.1[kHz] の場合は 1 秒に 44,100 個のデータが存在するため、データ1コマの時間は1/44100(=0.000022676)[sec] である。96[kHz] に設定した場合は 1 秒に 96,000 個のデータがあるのでデータ1コマの時間は 1/96000(=0.000010417)[sec] になる。すなわち、44.1[kHz] より2倍以上の解像度をもつ。したがって、サンプリング周波数は高いほど良い。
上の「繊維質垂直方向」の結果を見ると、サンプリング周波数が 44.1[kHz] で時間差が 5 コマのとき速度は 2081[m/s]だったが、4 コマなら 2601、6 コマなら 1734[m/s] になる。すなわち、データ1コマの時間差が速度では約 450[m/s]の差をもたらすことである。もしサンプリング周波数が 96[kHz] であれば 10 コマのとき 2265、11 コマのとき 2059、12 コマのとき 1888[m/s] になって、約 200[m/s] の差が生じる。すなわち、44.1[kHz] は誤差範囲が約 450[m/s] であり、96[kHz] は約 200[m/s] である。このような結果を見ると、96[kHz] の場合も解像度が思ったより高くないことが分かる。ところで、もし一箇所で何度も測定して平均値を使うと、「10 コマ」ではなく「10.3 コマ」のように解像度をさらに高めることができるので、誤差範囲も減らす効果を得ることができる。(ただし、品質の悪いレコーダーの場合はサンプリング周波数を過度に上げるとエラーが発生する可能性があるので、前もってテストしてみたほうがよい。)
ビットレートは、波形の大きさをどれだけ細分化して記録するかを選択する設定値とも言える。一般的に 16bit でも十分であるが、たまに頂点付近に同じ値のデータが二つ連続している場合があって、どのデータを頂点で考えればよいか困惑する時がある。その場合、より高いビットレートを使用したならばそのような状況を避けることができ、より正確な分析が可能になる。
2 つのチャンネルの波形を比較するときは、最初波形頂点の位置を基準とすることと、最初波形が始まる位置を基準とすることがありうる。常識的には後者がより妥当であるが、現実的には波が始まる瞬間を特定することは非常に難しく、また波の最も強力な瞬間が実際の音に一番大きな影響を及ぼすため、最初波形の頂点の位置を基準とするのが正しいだろう。2 番目または 3 番目の波形を使用せずに必ず最初の波形を使用する理由は、2 番目の波形からは波の干渉などによって歪みがある可能性があるからである。つまり、受信チャンネルの 2 番目の波形が完全に打撃チャンネルの 2 番目の波形に依存するという保証がないからである。
イヤホンの耳に当たる部位のゴムカバーを抜けずにそのまま測定すると、打撃した時にクリーンなパルス波を作り出せないため、正しい測定ができない。よって、ゴムカバーは必ず取り外した状態で、イヤホンの硬い部位 (プラスチックや金属) が直接木材に接触するようにしなければならない。
測定する木材は、できればスポンジやタオルなどのやわらかい物体の上に載せて測定するのが良い。作業台のように硬い物体の上に材料を載せて測定すると、打撃時の振動が作業台を通じて伝わる可能性がある。これは、作業台の音の伝達速度が測定しようとする材料の音の伝達速度よりも速い場合に問題となる。しかし、作業台を直接打撃するのではないため、ほとんど影響を及ばないと思われるが、できれば守るのが良いでしょう。
最後に、同じ材料であっても、制作前の四角形の状態と、アーチングと掘り作業まで終えた材料は異なる結果値を持つ。作業前は音 (振動) が打撃位置から受信位置まで直線 (最短経路) に伝達 (繊維質方向または繊維質直角方向) されるが、アーチングと掘り作業を終えた状態であればアーチング曲線に沿って曲げて伝達 (繊維質方向と繊維質直角方向両方が同時に作用) されるからである。
上記の方法について誤解があるようで、追加説明いたします。
私の方法はルッキメーターと同じ原理を使います。
ルッキメーターは、あるセンサ(パルス発生器)でパルス波を生成し、もう一方のセンサはそのパルス波を感知して時間差を取得します。そして、木の長さ(ルッキメーターに直接入力)を上記の時間差で割って速度を求めます。これはすべて1つのデバイスの中で自動的に実行されます。
私の方法は、高価なパルス発生器の代わりに安価なイヤホンで木を直接打撃してパルス波を発生させ、高価な受信センサの代わりに安価なイヤホンを使用することです。録音された波形は、サウンド編集プログラムで目視で確認し、サンプリング周波数と木の長さを参照して、作業者が直接時間差と速度を計算することです。
したがって、この方法は新しい方法ではなく、ルッキメーターとまったく同じ方法です。違いは、イヤホンという安価なセンサーを使用し、作業者が手動で分析/計算し、無料で、ルッキメーターに比べて精度が低いことです。
このレポートの目的は、ルッキメーターを使用したいが購入できない人に、精度が落ちることがあっても、お金をかけずに速度を測定する方法を説明することです。